2010年05月01日

コモのロッジア


コモのロッジア

画像に載せたのは、コモの街の中心に有る教会とその前の広場に繋がる半外部の場所で、建築の言葉で言う「ロッジア」(loggia)です。
このような街を歩くのが楽しいのは、単に街並みが古いからとか、綺麗だからとか言うだけではなくて、建物と街、それに人が良い形で結びついているからだと思うのですが、それには、こうした場所が重要な役割を果たしているはずです。
日本の建物にも、縁側とか土間とか、魅力的な半外部の場所は有りますが、このように街中に有って誰でも利用できる所、と言う例は残念ながらあまり無いようです。
振り返ると、私が学生の時に考えた計画に、駅の上に建物を作ってロッジアのような場所を設け、駅前広場と一体的に利用できるようにする、と言うものが有りました。
当時はまだ実際のロッジアを見た事が無かったのですが、今回体験したものは、まさにその時に思い描いていたものに他なりません。
私が建物と街の関係を考える時に、最もおもしろいと感じるのはこのような部分で、それは学生の頃からあまり変わっていないようです。
posted by masaaki at 12:44| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月29日

コモへ


コモ湖風景

先々週から先週にかけての1週間は、イタリアへ。
行ってすぐアイスランドの火山で噴火が有り、暫く飛行機が飛ばなかったのですが、私の場合は運良く、ほぼ予定通りに帰って来る事ができました。
初めに滞在したのは、スイスとの国境に近いコモ(Como)。
ミラノから電車で1時間弱、コモ湖の湖畔に広がる落ち着いた街で、行った事が有る人は皆褒めるような、良い所でした。
ミラノに暮らす人達にとっては、ここに別荘を構える事が、一つの憧れだとか。
一旅行者である私にとっても、古い城壁の内側で、石畳の道をゆっくり歩きながらあちこち見て歩いたのは、とても楽しい体験でした。
現地で働く日本人建築家のKさんが、ミラノでなくここに事務所を構えているのも、この街を気に入られての事なのでしょう。
ただ、こうした街とは懸け離れた環境で毎日仕事をしている身にとっては、却って創作活動にとってマイナスの面も有るのではないかと、余計な心配をしてみたくもなるのでした。
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2009年11月28日

富山国際会議場前


富山国際会議場前

友人の結婚式が有って、2年ぶりに富山へ行って来ました。
横浜よりは時間がゆっくり流れているだろうと思っていましたが、やはり変わった所ばかりに目が行きました。
画像に写っている建物は前回書いた富山国際会議場で、その前の通りは大手モールと呼ばれています。
そして工事中の上屋は来月12月開業予定のLRT環状線、セントラムの停留所です。
富山市では2006年に日本初のLRTとしてポートラムが開業し、全国の注目を集めした。
その成功を受けて中心市街地にできたこのセントラムも、再び話題となるでしょう。
一方大手モールは、元々私が勤めていた設計事務所が計画に関わっていた所で、先輩や同僚がデザインしたものがいろいろと残っていたのですが、今回の工事でそのほとんどが無くなってしまいました。
そんな訳で私にとってこの風景は、寂しさと期待が重なり合って感じられるものなのです。
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2009年10月28日

日本大通りが好きだと言う事


日本大通り2005年9月23日

建築家の集まりarea045(エリアゼロヨンゴ)のメンバー全員が、「横浜の好きな場所」と言うテーマでウェブサイトに文章を書く事になって、順番が回って来ました。
郊外で生まれ育った私としては、団地とか農地とかを取り上げた方が良いのかなとも思ったのですが、少し素直でないような気がして、結局は日本大通りについて書きました。
この通りは港の大桟橋に近く、県庁や裁判所が建ち並んでいて、まさに横浜の中の横浜と言うべき場所です。
今年9月に行われた横浜カーフリーデーも、ここを会場としていました。
このウェブログでは前回に銀座の事を褒めたばかりなので、次に日本大通りが好きだとなると、何だかメジャー志向が強いように思われてしまいそうです。
以前から、日本の都市の無計画な所や無秩序な所こそ素晴らしい、と言ったような話しに聞き飽きた感じを持っていたので、反発する気持ちが出たのかも知れません。
ご興味をお持ちの方は、以下のarea045の文章もご一読下さい。
http://www.area045.com/mutter/181.html
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2009年10月21日

日曜日の銀座


日曜日の銀座

前々回に書いた浅田聖子さんの個展を見る為に、久しぶりに日曜日の銀座へ行ったのですが、改めてその良さに感心してしまいました。
最近はソウルの明洞(Myongdong)や北京の王府井(Wangfujing)もとても綺麗で、そこを歩いている人達もおしゃれだと思いますが、銀座にはやはりそうした所には無い魅力が有るように思います。
一言で言うのは難しいですが、さっぱりとした品の良さと丁寧さが有って、高級ではあるけれど人を選ぶような冷たさは無く、いろいろな人を惹き付ける奥深さが有る、とでも言えるでしょうか。
それは大袈裟に言えば東京の一番良い部分を現わしているし、もし銀座が駄目になるとすれば、東京そのものが駄目なのだと言う気がします。
そして日曜日の歩行者天国は、そうした銀座の魅力を解り易く感じさせる仕掛けになっているのでしょう。
最近次々とできている郊外のアウトレットモールなどとは、比べものにならない良さが有ると思うのですが。
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2009年08月01日

広州の緑


広州の北京路

今回の中国行きでは1日自由になる時間が有ったので、広州(Guangzhou)の街を巡るツアーに参加しました。
広州は北側に白雲山と言う小高い山が有って、南には珠江と言う大きな川が有り、旧市街はその間に納まっていて、城壁が部分的に残っています。
そうした骨格は私が訪れた中ではソウルの街に良く似ていて、最近は街が広がって中洲が文化的な中心の一つになっている点や、川の南側が新しい高級住宅地になっている点もそっくりです。
元をただせばおそらく風水の思想などが関係していて、近年急速に近代都市への道を辿ったと言う歴史も共通しているのでしょう。
それから街の表情として印象的だったのは、緑の勢いが強い事でした。
画像に載せたのは北京路(Beijing Lu)と言う繁華街ですが、奥に見えているような元気な街路樹があちらにもこちらにも有って、人や建物に負けていない様子です。
現地の人達にとっては見慣れた風景なのでしょうが、私から見るとちょっと近未来的で、不思議な居心地の良さを感じました。
posted by masaaki at 19:01| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月25日

横浜松坂屋10月閉店


伊勢佐木町1丁目松坂屋前今日の神奈川新聞トップニュースは「横浜松坂屋10月閉店」でした。
伊勢佐木町と言えば、1丁目に横浜松坂屋と有隣堂が有る事が当たり前だったので、とても残念です。
私としては早くLRTでも実現していればなどとも思うのですが、記事によれば百貨店事業は25期連続赤字で西館をJRAに貸す事で黒字を確保していたそうですから、もうそう言う話しではないのかも知れません。
去年9月に親会社の松坂屋が大丸と経営統合した時に、大丸の効率良い仕組みを松坂屋に導入などと報じられていたので、その時点で運命は決まっていたのでしょう。
自分自身の事を考えてみても、最近はここへ行くとしても催事場で展覧会を見るか食品売り場で何か買う事位しかしていなかったように思います。
閉店後は今有る建物を撤去して、低層階に商業・サービス機能を備えた複合施設を建設する予定との事。
今後はその施設内容と、横浜市歴史的建造物に指定されている建物の扱いが焦点になるでしょう。
新しい施設は、わざわざ行きたくなるような存在感の有るものになってくれれば良いと思います。
以下のJ.フロントリテイリングのサイトに情報が有ります。
http://www.j-front-retailing.com/index.php
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2008年05月20日

松葉好市さんの横濱


聞き書き横濱物語表紙「聞き書き横濱物語」と言う本を読みました。
話題の本とか最新刊とかはほとんど読まないので、書評はしないつもりでしたが、この本はとにかく面白かったので書いておく事にしました。
語りは松葉好市、聞き書きは小田豊二、ホーム社発行で2003年に出た本です。
松葉さんは1936年に横浜の真金町で生まれた自称元不良で、若くして野毛のキャバレーの支配人となり、今は伊勢佐木町の近くでスナックを経営している方。
2006年に公開されて話題になった中村高寛監督の「ヨコハマメリー」にも出演されていたと思います。
横浜が一番輝いていたと言う1945年から1964年頃までの時代を中心に、街とそこに暮らす人々に関わる話題が次から次へと熱く語られています。
私は横浜の郊外で生まれたので、小さい時からその歴史をいろいろと学ぶ機会が有りましたが、この本のお陰で欠けていたものが大分補われたように思います。
ただ亡くなった父が私に語ってくれた街の様子は、松葉さんが語るものとはまた違ったものだったような気がします。
父は私と違って街中で生まれたのですが、家が貧乏だったにも関わらずお坊ちゃんのような生い立ちをしたらしいので、同じ時代を生きていたとしても、松葉さんとは違った目で街を見ていたのでしょう。
都市の輪郭と言うものは、そのように無数の人からさまざまに語られる事で、おぼろげに浮かび上がって来るものなのかも知れません。
横浜と言う街に興味を持つ人には、強くお勧めしたい一冊です。
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2008年05月05日

旧小机領子年観音巡り


三佛寺参道ニュースによれば、既にゴールデンウィークのUターンラッシュが始まったとか。
皆さんは如何お過ごしでしょうか。
私の場合は自営と言う事もあり、毎年だいたい事務所か家でぐずぐずしているのですが、今年は「旧小机領三十三所観音霊場子年観音霊場巡り」なるものに取り組みました。
横浜市北部を中心とした旧小机領に有る33のお寺の観音様が12年に一度、子年の年に開帳されるので、それを回ってお参りすると言うものです。
四国八十八箇所霊場巡りの小型版と言ったところですが、お寺の宗派は真言宗に限りません。
普段信心深いとはとても言えない生活を送っている私ですが、12年に一度と言う事に惹かれて、親と一緒にやってみる事にしました。
33のお寺を歩いて回れば素晴らしいのでしょうが、それは早々と諦め、一方で団体のバスツアーでは主体性に乏し過ぎるように思えたので、1箇所づつ車で回る事にしました。
自然体で臨むと1日に10箇所弱を回るのがせいぜいで、1箇所しか回らない日もあったので、4月6日から始めて昨日5月4日まで、延べ8日程掛かりました。
終わってみて、なかなか良い経験をしたと思っています。
お寺はどこも自分が暮らしている場所からそれ程離れていないので、日常との連続感が有り、自分達の生活や思い出に、どこかで繋がっているように感じられます。
それぞれのお寺を訪ねると、古い佇まいを残す所が有る一方で、都市型の建物に建て替えられた所や、大規模霊園と一体となった所なども有り、本当に様々ですが、その事自体が現代社会の一面を現わしているのでしょう。
それでも多くのお寺は、周囲の変化より緩やかに時を刻みながら、檀家や周りの人達にしっかりと支えられているようでした。
また行く先々でご当番の人達のおもてなしを受け、時にはご住職とお話しをする事ができたと言う事も、貴重な体験でした。
観音様と、準備をして下さった方々に感謝をさせて頂きたいと思います。

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2008年04月28日

カーボン山の八重桜


カーボン山桜まつり2008写真は先日4月20日に撮った「カーボン山桜まつり」の様子です。
見事な桜は八重の種類なので染井吉野などより花の時期が遅く、おそらく今でも散り際が見られる事でしょう。
場所は横浜市港北区、JR横浜線と東急東横線が通る菊名駅より歩いて数分の街中です。
元々第一カーボンと言う会社が持っていたので、カーボン山と呼ばれているようです。
実は2001年頃にここにマンションを建設する計画が表面化したのですが、その後の長い間にわたる市民運動と関係者の努力により、最終的には横浜市が買い取って公園とする事が決まりました。
その経緯を聞くとまさに紆余曲折の連続で、実現は奇跡的なものだったと言う事が解ります。
中心となった市民運動は単なる反対や陳情では無く、建設的で粘り強いもので、私などにとっても教えられるものが多く有ります。
そうした運動はまだ終わった訳ではなく、より良い公園を作る為に現在も続いていますし、今後も続いていくのだと思います。
詳しい事情は、以下の「桜の森を守る会」のサイトで知る事ができます。
http://sakuraforest.fc2web.com/
posted by masaaki at 20:47| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする