2008年08月25日

宇津木妙子氏の絶叫解説

北京オリンピックもようやく閉幕。
選手始め関係者の皆さんは本当にお疲れ様でした。
普段はテレビのスポーツ中継などあまり見ない方ですが、今回は時差が小さかったせいか結構見てしまいました。
なかでも印象的だったのはソフトボールでの宇津木妙子さんの解説。
試合が静かに進行している間は冷静でも、佳境になって日本チームに長打が出たりすると「オゥケェーイ、イケェー、イケェー」と絶叫の連続、相手チームに長打なら「ウワァー」とまた絶叫。
そして決勝で勝った瞬間は言葉が出なくなる程の号泣。
考えようによっては解説者としての役割を逸脱しているのですが、選手でも監督でもなくなった今になってあそこまで感情移入できると言う事は本当にすごいと思いました。
もう役割とか立場とかは超えてしまって、彼女がそこにいる事自体が重要だったのでしょう。
声を聞く度に感心しきりで、強く惹きつけられてしまいました。
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2008年08月12日

対岸の彼女


対岸の彼女表紙

文春文庫で出ている角田光代さんの小説「対岸の彼女」。
普段小説をあまり読まないので、申し訳無い事にこの方の作品も読んだ事が無かったのですが、7月24日に書いた展覧会をきっかけに読んでみました。
そして読んでいる途中、情けない事に何度も泣きそうになってしまいました。
出てくる人達はほとんど女性ばかりですが、何だか自分の周りにいる人達の事みたいで、主人公の一人の葵などは、自分と違うところより同じところの方が多いようだなと思ったり、やっぱり大切なところが違うのかなと思ったり。
自分が忘れたふりをしていた事を、いろいろと思い出してしまったようです。
ところで角田さんの経歴を見ると、私とほぼ同年齢で、横浜生まれと言う事も同じでした。
最近は同世代の人がした仕事に接して何かを感じる事が多くなったような気がするのですが、私自身も他人様にそう思ってもらえる仕事がしたいものだと思います。
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2008年07月08日

浦賀の中島三郎助


浦賀ドック跡先月末、JIAの催しに参加して横須賀の浦賀へ行き、5年前に閉鎖された住友重機械工業の造船所跡などを見学しました。
画像として載せたドックや工場の建物はとても見応えが有りましたが、そこで知った中島三郎助と言う人の事が一番印象に残っています。
彼は幕末に浦賀奉行所の与力を務めていた人で、ペリーが来航した時には黒船に乗船して交渉にあたり、後にその知見を元に幕府へ海軍の創設を建議して、鳳凰丸と言う国産の軍艦を完成させます。
大変優秀な人だったようですが、最後まで幕府に忠誠を尽くし、函館で息子二人と共に戦死してしまいます。
浦賀の造船所は函館で生き残った榎本武揚らの働きで明治29年にできるのですが、そこには中島三郎助に対する鎮魂と記念の意味が込められているそうです。
浦賀文化センターと言う所には、下岡蓮杖の撮影による彼の写真が展示してありました。
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2008年06月12日

秋葉原での事件について

6月8日に秋葉原で起きた事件は、今でも心に引っ掛かっています。
亡くなられた7人の方々のご冥福を心からお祈りします。
新聞には、犯人がインターネット上の掲示板に残した書き込みが延々と掲載されていました。
私はそうした掲示板を利用した事は有りませんが、以前に偶然、知らない掲示板に自分の名前と単純な悪口が書かれているのを見つけた事が有ります。
たぶん私の事ではないだろう、どうせ見る人もいないだろうと思って無視しましたが、ひょっとしたらと言う気持ちが少しだけ残りました。
今回の犯人はそれとは逆に、誰か見てくれる人もいるだろうと思って書き続けていたのでしょう。
そして事件を起こした事で、たくさんの人がその文章を読む事になった訳です。
こうしてウェブログの文章を書いていると、自分がしている事もどこかで得体の知れない世界に繋がっているようで、気持ちが悪くなります。
この気持ち悪さは簡単には消えないでしょう。

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2008年05月14日

四川地震

テレビや新聞で知るしかないのですが、5月12日に中国の四川省でM7.8の大きな地震が有り、相当大きな被害が出ているとの事。
別の省にいる知人の話しでは、中国では地震を経験していない人が多く、揺れを感じただけで一時騒然となり、混乱したそうです。
しかし考えてみれば私にしても大地震に遭遇した経験は無い訳で、いざと言う時にどこまで危機的状況に対処できるのか、心許無い限りです。
経験が無ければ知識に頼るしかないのですから、仕事の上ではその知識を磨き、考える事を怠らないようにしなければならないと、つくづく思います。
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2008年04月02日

中村勇吾氏


nakamurayugoテレビはあまり見ない方なのですが、NHK火曜夜のプロフェッショナルと言う番組は時々見ています。
昨日4月1日はウェブデザイナーの中村勇吾氏を取り上げていました。
その中でおもしろいと思ったのは、中村氏のコラボレーション(協働)についての考え方です。
彼は、最高のコラボレーションは個人の頭の中でできる、いくら優秀な人を集めてもそれにはかなわない、と言う意味の事を言っていました。
どうしても自分の事に関連付けて考えてしまうのですが、建築の世界では何人かが協働で仕事をするのが当たり前で、いくら優秀な建築家でも他の専門家の協力を得なければ仕事は難しく、逆に優秀な建築家程優秀な協力者を持っているとさえ言えると思います。
そもそも私には一人の作業をコラボレーションと呼ぶ発想が無く、彼の言葉は新鮮でした。
もうだいぶ以前の話しになりますが、音楽家の冨田勲氏が、自分はオーケストラの指揮者になりたかった、しかし電子音楽であれば作曲も指揮も演奏も一人でできる、一人でオーケストラをやっているようなものだ、と言っていたのを聞いた事が有ります。
今回の話しと何か共通するものが有るように思いました。
中村氏のウェブサイトは以下です。
http://www.yugop.com/
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2008年01月29日

土俵上の屋根


土俵遠景先の日曜日、大相撲初場所が終わりました。
千秋楽結びの一番は、横綱同士の闘志がぶつかり合う、充実した取り組みでした。
今後名勝負として語り継がれるかもしれません。
その前にふと気になったのは、土俵の上に有る屋根の事です。
国技館の大きな屋根の下に、実用的な意味は無い小さな屋根が有り、しかも吊られて宙に浮いています。
考えてみれば、奇妙な光景です。
どこで読んだかは忘れましたが、この屋根にも以前は柱が有り、力士がぶつかってけがをする事も有ったようです。
いずれにしろ取り組み自体は屋根が無くともできるはずですから、象徴的な存在なのでしょう。
一方格闘技のボクシングでは、屋根は無く柱が有り、ロープが掛け渡されてリングを形作っています。
こちらは現実的に機能しているので、もし柱やロープを無くすとしたら、ルールを変えなければならないでしょう。
ボクシングと相撲そのものの違いを考えてみると、前者は相手を倒す事が目的になっているのに対して、後者は土俵の外に追い出すか、地面に這わせる事が目的になっています。
ひょっとしたら相撲は、格闘と言うよりは場所の取り合いなのかもしれません。
そう考えると、格闘技の一種とされて、闘志を見せる事が賞賛されたりするのは、少しおかしいのかもしれないと思います。
できる事なら、江戸時代の取り組みを見てみたいものです。

posted by masaaki at 22:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする