2010年10月19日

翠竹流近代詩文


偉大な人間の心がかりは一つしかない/できるだけ人間になること/平凡に見られることだ

久し振りに書の話題。
私は大日本日本書芸院と言う団体に所属して書を習っていますが、その創始者は阿部翠竹と言う方でした。
明治に生まれ、激動の昭和を通して書に取り組み、一派を成した翠竹先生が残した書を見ると、単に上手とか綺麗とか言う事を越えた、大きさと気迫を感じます。
会に所属している何千人かが、未だに亡くなった翠竹先生に倣って書き続けている、と言う事は、外部の方には異様に感じられるかも知れませんが、そこにはそれだけのものが有るのだと思います。
画像に載せた書は、私が先生の作品に倣って書いて、今年会が主催した展覧会に出品したものです。
漢字と仮名が混じった日本語、つまり近代詩文をどのように書くか、と言う事への先生の答えとは、語句を群として捉え、濃淡や滲み掠れを加えて、水墨画のように遠近や奥行きを表現する、と言う事だと理解しています。
これは、私がこれまで書いたものの中では、最も良く翠竹流近代詩文に近付いたものだろうと思います。
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2009年10月30日

臨集字聖教序その3


往還十有七載備通釈典利物為心以貞観十

集字聖教序の臨書については去年の7月18日と8月27日にもここで取り上げました。
その後も途切れ途切れになりながら取り組んでいます。
本当は、しばらくはこれしかやりません、と言う位の覚悟を持つべきなのでしょうが、なかなかそうも行かないのです。
いざ書き始めると、まず字の配置を整えるだけで一苦労してしまって、次にはあちらを直せばこちらが駄目と言う感じになり、なかなか思うように書けませんでした。
それでも書いている内に自然と気持ちが引き締まって来て、王羲之の書に向き合う事の厳しさと楽しさを思い出すようになりました。
その気持ちを音楽の世界に例えると、名曲を歌ったり演奏したりする事に近いのかな、などと思います。
それに比べると創作には苦しい事が多くて、作曲に近いと言えるかも知れません。
できればその両方にバランス良く取り組みたいものです。
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2009年10月06日

浅田聖子大作展


浅田聖子大作展

先月、親戚にあたる書家の浅田聖子さんが個展を開かれると聞いて、銀座2丁目に有る東京銀座画廊へ行って来ました。
大作展と名付けられた通り、5メートルを超える作品がいくつも並んでいて、一番大きいものは高さが2.35メートル、幅が12.8メートルと言う巨大さでした。
何でも今回の展覧会の為にチームを組み、体育館を借り切って、2階から眺めては書き直すと言う事を繰り返されたそうです。
以前公募展にも出されていた1.2メートル角の作品でも私から見れば大作ですが、かねてからもっと大きい作品に取り組んでみたいと考えられていたそうですから、その気概には感服します。
大きさの事ばかり書いてしまいましたが、個々の作品の筆運びもそれに見合うような充実したもので、こうした表現にはこの大きさが必要だったのだと納得させられます。
全体の構成も良く工夫されていて、華やかで見飽きる事が無い展覧会になっていました。
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2009年09月23日

大樹迎風


大樹迎風

建築家仲間のarea045(エリアゼロヨンゴ)で横浜の三渓園に有る月華殿と金毛窟と言う建物を借りて集まる事になり、茶室に懸ける書を用意する役回りになりました。
風に関係が有るものと言う事でしたが、あまり時間が無かったので、2年前色紙に書いた「大樹迎風(Da shu ying feng)」と言う字句を選びました。
「だいじゅかぜにむかう」と読んで、大きな木が風に逆らう事無く風を受け止めていると言う、おおらかな様子を現わしたものです。
さすがに2年前のものは気に入らないので、もう一度王羲之の書などから集字をして、今の気分に合うように書き直したのが、画像に載せたものです。
これだけを見てしまうと自慢できるようなものではないですが、当日は良い場所に飾って頂いた上に、前に花などを生けて頂いたので、馬子にも衣装と言う感じになりました。
これをまた2年後に見ると、恥ずかしい気持ちになるのだと思います。
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2009年08月11日

毛沢東の書


白雲山の毛沢東の書

8月1日に書いた広州の白雲山には碑林公園と言う所が有って、そこに毛沢東の書を刻した碑が有りました。
彼は能書家として有名ですが、その書き振りは実に伸びやかで、また自信に満ちているように感じられます。
まず書の巨大な歴史に対して臆する所が無く、気持ちの上では王羲之や顔真卿に対しても引けを取らない、と言わんばかり。
また作品とか芸術とか言う枠にも囚われていなくて、あくまで彼自身の書き振りが貫かれています。
こうした点は本当に見事で、羨ましいとさえ感じてしまいます。
それからつくづく感心したのは、彼が草書を用いる事によって、このような書き振りを可能にしていると言う事。
楷書や隷書ではこうした表現はまず不可能でしょう。
私の狭い知識の中にはこうした書は他に無く、とても気になる存在です。
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2009年01月10日

案内書き


平成21年冬夏会総会新年会案内書き

卒業した大学の建築学科には同窓会が有って、毎年新年会を開いているのですが、今年は私達の代に幹事の順番が回って来ました。
その中で分担を決める時に、君は書をやっているようだから案内書きを2枚程書いてくれ、と言う事になり、気が重いまま引き受けてしまったのです。
これを実際にやってみると想像以上に大変で、丸1日掛かって、不満は残るがどうにか、と言う所まで辿り着くのがやっとでした。
その晩は夢でうなされて目が覚めてしまう程でしたから、少し荷が重過ぎたのでしょう。
表現としては、とにかく弱々しい書にはしたくなかったので、少し乱暴で古臭くなったとしても、まっすぐで厳しさが感じられるような楷書にしたいと思って書きました。
当然ながら別の書き方も有ったのでしょうが、今の自分ができる中では、このような形で良かったのではないかと思います。
新年会の当日は、出席された何人かの方から評価をして頂けて、同窓の温かさを感じる事ができました。
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2009年01月09日

2009年書き初め


花飛綺羅席片片入杯香白髪与青黛總為春色粧

画像に載せた書は、書き初めとして書いたものです。
何を書いても良かったのですが、今年は私が教えて頂いている先生のそのまた先生である阿部翠竹先生の書に倣って書きました。
翠竹先生は10年程前に亡くなられているので、それより前の会誌を探し、正月にふさわしい字句が書かれているものを選んで手本にしました。
先生の書は自分がやっている事の基盤になっているはずですから、年の初めに取り組むのにはふさわしいと考えたのです。
とは言え、印刷が不鮮明な小さい写真から読み取れるものは限られていますから、元の書をそのまま再現すると言う訳にはいきません。
またもの真似がしたい訳ではないので、自分が理解できない部分や、ついていけないような部分は外して書いています。
結局は自分なりに受け取った先生の書と言う事になりますが、今の自分にとってはそれが真面目なやり方だと思うのです。
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2008年11月20日

仮名の書


あかずのみみやこにてみしかげよりも

書で仮名と言えば普通ひらがなの事で、漢字を指す真名に対する言葉。
漢字とはまた違った書きぶりが必要なので、その3倍は練習する必要が有ると言われます。
私の場合は漢字でさえ勉強不足で、仮名となるとその3分の1もやっていませんから、ここに画像を載せるのは相当に恥知らずの行為に違いありません。
しかし仮名には仮名の捨てがたい魅力が有り、全く書かないと言うのは残念なのです。
怖いのは、勉強していないと目もできていないので、自分が書いたものがどれ程のものか、どこが良くないのかがきちんと解っていないと言う事です。
何年か前に無謀にも年賀状に仮名の文句を書いて皆さんにお送りした事が有るのですが、今から見ると滑稽な位ひどいものでした。
もしお心当たりの有る方がいらっしゃれば、速やかにその葉書を廃棄して頂ければ幸いです。
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2008年09月18日

北京故宮、書の名宝展


書の名宝展ちらし

9月15日まで江戸東京博物館で開かれていた「北京故宮、書の名宝展」。
混み方は覚悟した程ではなかったのですが、やはり王羲之の蘭亭序八柱第三本には人が集中していて、立ち止まる事も許されませんでした。
それでも他の部分が充実していて、全体としてとても良い内容だったと思います。
中でも印象に残ったのが、宋代の黄庭堅の書と清代の趙之謙の書。
黄庭堅の方は晩年の「草書諸上座帖」が出品されていましたが、自由闊達で冴えに冴えた筆の運びと言う感じで、何時まで見ていても飽きませんでした。
私などからすると、草野球をやっている少年がプロ野球選手のプレーに憧れるようなものです。
また今まで印刷物では「松風閣詩巻」など台北の故宮博物院に有るものを見る機会が多かったので、そう言う意味でも貴重な体験になりました。
展覧会は終わってしまいましたが、以下の博物館のサイトに過去の特別展として情報が残っています。
http://www.edo-tokyo-museum.or.jp/kikaku/index.html/

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2008年08月27日

臨集字聖教序その2


臨集字聖教序その2

画像として載せたのは、7月18日に載せた集字聖教序の臨書の続きです。
8月17日に放送されたNHK新日曜美術館でもこれを書いた王羲之が取り上げられていました。
碑では冒頭の「治」の偏は1、2画を欠いた形になっていて、皇帝の名前を書く事を避けたと言うように伝えられていますが、それは元の字を書いた王羲之がした事ではなく、字を集めて碑を作った時にそうしたと言う事になります。
一旦はそのままの形で何枚か書いたのですが、先生と相談して補った形に書き直しました。
ただ後から見ると、下の「徳」の偏のようにもう少し左下にふくらませるように書いた方が王羲之らしい書き方になったと思います。
一方その「徳」の部分では偏をそのようにしたために左の行との間隔が詰まってしまっていて、これはこれで気になってしまいます。
書いては見て、見てはまた書くと言う事の繰り返しになりますが、ひとまず先に進む事にしましょう。
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2008年08月18日

課題の書その2


尋鐘入蒼茫一澗復一*落葉去方深山扉雨中掩

画像として載せたのは、6月4日に載せたのと同様に課題として取り組んだ書です。
全体の構成が前回よりましに見えるのは、字数が20字と多いせいでしょう。
実は書いたものを一度先生に見て頂いたところ、誤字になっている部分が有ると指摘されて、書き直しています。
結局墨を磨る時間が無くなってしまったので墨汁を使い、印も押していません。
指摘された部分は当然直してありますが、線の問題は依然未解決で、先生も本当はそちらを問題にされているように思います。
自分でも今のままで良いとは思いませんが、先生に頼って何とかすると言う問題でもないはずです。
やはり書き続ける中で方向を探していくしかないのでしょう。
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2008年07月28日

白井晟一の書展


白井晟一の書展葉書

建築家白井晟一さんの書展が上野松坂屋で開かれています。
没後25年との事ですが、今でも建築家の書と言うと白井さんの他にはあまり名前が出て来ないように思います。
一度直接その書を見たいと思っていたので訪ねる事にしました。
白井さんは建築家としては孤高とか哲学的とか言うイメージが有りますが、展示されていた書はどれもおおらかにゆったりと書かれていて、親しみ易いものでした。
書かれている言葉とともに、禅僧の方が書く墨跡の世界に近いと言えるでしょう。
会場で説明して下さった方のお話しでは、白井さんは作品と言う意識は持たれずに、日々の営みとして書を書かれていたようです。
少し意外だったのは墨色が薄いものが多かった事で、しかも絵の具を刷毛で描いたような不均質で滲みのないものが多く見られました。
深く濃い黒の墨色こそ白井さんのような書にはふさわしいと思うのですが、なぜあのようにされたのかは疑問のまま残ってしまいそうです。
会期は7月29日までで、以下のサイトに情報が有ります。
http://www.matsuzakaya.co.jp/garou/ueno/index.html/
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2008年07月18日

臨集字聖教序


臨集字聖教序(部分)画像として載せたのは、少し前に書いた「集字聖教序」の臨書です。
毎月頂いている会誌の冒頭にこの王羲之の書が載っているので、しばらく臨書として取り組んでみようと思っています。
臨書と言うのは、絵画で言えば石膏デッサンのようなものではないでしょうか。
自分の個性とか表現とか言うものとは離れて、対象に正面から臨み、書くと言う事。
とは言っても、1600年以上前に書かれた王羲之の真筆は全て失われていて、「集字聖教序」はその寄せ集めからできた石碑なのです。
さらに実際は、それが拓に取られたものを印刷物として見て書くのですから、写実と言うよりは復元に近い作業をしている事になります。
そういう意味では、古い音楽を演奏するようなものかも知れません。
いずれにしろ、練習とか鍛錬としてではなく、素直に書を楽しみながら取り組みたいと思っています。
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2008年06月04日

課題の書


荒城虚照碧山月古木尽入蒼梧雲画像として載せたのは、最近私が書いた書です。
(小さ過ぎる場合はクリックしてみて下さい。)
だいたい毎月このようなものを書いて、通っている教室の先生に見て頂いています。
元となる字句は所属している書道団体から毎月の課題として出されたもので、会誌に参考として載っている書の書体や傾向から大きく外れないように書いています。
独自性などと言う事を問題にするならほとんどゼロに近いものなので、絵や彫刻に親しまれた方には奇妙に思われるかも知れません。
ただ自分の気持ちとしてはおかしな事をしている訳ではなく、喩えて言えば楽器で課題曲を演奏しているようなものだと思っています。
一方書に興味を持たれる方がこの書と参考の両方をご覧になれば、おそらく違っているとお感じになる点も有るでしょう。
私の先生からは、もう少し優しい線で書いた方が良い、と言われました。
確かに参考の書に比べて線が荒く、変化に乏しくなっているように思います。
そうなっている原因の一つは、私の技量では先生が言われたような線が書けないからなのですが、同時に私が優しい線よりは強い線、変化に富んだ線よりは素直な線を好んでいると言う事も有ると思います。
そこにはなかなか厄介な問題が有って、もし形をどうにかしようと言うのであれば、何度も書き直してそれなりにできる事が多いのですが、線の方は身に付いてしまっているものなので、簡単に変えると言う事ができません。
ましてそれが自分の好みから来ているのであれば、自分自身が変わらない限りは変えられないのかも知れないのです。
声音を使い分ける歌手のように、線を使い分けられれば良いのでしょうが、今の私にはとてもそんな事はできそうになく、自分が書くものを少しでも自分が書きたいものに近付けたい、と言う辺りがせいぜいのように思います。
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2008年05月19日

短冊に俳句


短冊2枚母が趣味で俳句をやっていて、作った句を短冊に書くように頼まれました。
こう言うものは自分で書いた方が良いと思うのですが、子と言う立場上、承知するはめになりました。
普段は大きな字で漢字を書く事が多いので、小さな字で漢字仮名交じりの文を書くのは難儀です。
何枚か書いてから一番ましなものを選んで、去年別の句を書いたものよりは良くなっているだろうと比べてみたところ、期待に反してどちらとも言えないようにしか思えませんでした。
実は去年のものは少し気取った感じがして嫌だったので、今年はなるべく素朴に書こうと心がけたのですが、それが余計な事だったようです。
いわゆる作品づくりとは違って、素直に読み易いものを書こうとしたはずなのに、なかなか簡単にはいかないのでした。
画像の左が去年書いたもの、右が今年書いたものです。
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2008年05月07日

右から書くか左から書くか


有縁居趣味の「書」が本業の建築と直接繋がる事は普段無いのですが、最近仕上げた図面では題名の部分を毛筆で書いてみる事にしました。
と言っても図面にいきなり書き付ける勇気は無いので、別の紙に書いたものをスキャナーで読み取り、コンピューター上で図面と合成します。
それなら簡単かと言いますと、なかなかそうでもないのです。
まず「書」の世界では文章は縦に書き、行を改める時は右から左へ進むのが普通ですが、今回は図面の文字に合わせて横書きとし、左から右へ書く事にしました。
現代中国では毛筆でも平気で左から書いているようですし、字の中の画は左から右へ書くのだから何とかなるだろう、と安易に考えた訳です。
ここまではまだ良しとしても、字体を選ぶ時に大きな問題が有りました。
1字1字が独立した楷書や隷書にすれば良かったのでしょうが、自分の個性や毛筆らしさが出易いだろうと考えて、行書あるいは草書と決めてしまったのです。
字典で一通り調べてからいざ書き始めてみると、全くうまくいきません。
そもそも行書や草書は続けて速く書けるようにできているので、たとえ1字だけを書いても、左上の起筆から始まって右下へ進み、最後の画を書き終わると自然に左方向へ戻るようにできているのです。
これを左から1字づつ書いてしまうと、繋がりが悪くなってぎこちなくなったり、見た事も無いようなおかしな線が出てきたりします。
大袈裟に言えば、左から書くための新しい字体、新しい書きようが必要なのだと思います。
あるいは私が知らないだけで既にそうしたものが有るのかもしれませんが、今回はあっさりと諦め、右から書いたものを使う事にしました。
自慢できるようなものではありませんが、画像として載せておきます。
posted by masaaki at 14:47| Comment(2) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする