2017年12月05日

庭の銀杏 The Ginko in my garden

庭の銀杏

広くない所に大きくなる木が有ると、扱いが難しい。
自宅の庭に有る銀杏は亡くなった母が植えたものだけれど、電柱が近くに有って東京電力が時々枝を伐るので、いつも不恰好な姿になっていた。
しかし何年か前、枝を伐らずに電柱を動かしてくれないかと頼んでみたら、条件に適っていたようでその通りになり、それからは枝を伐られる事が無くなった。
銀杏は途中で伐ってもまた真っ直ぐ上に伸びるものらしく、今では樹形がすっかり整って、堂々とした姿になっている。
先日、少し離れた菩提寺に有る墓所から眺めたら、黄色く色付いたこの銀杏が目印になって、自宅の場所を確認する事が出来た。
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2017年08月22日

百日紅の木 The tree of the crape myrtle

百日紅の木

百日紅(さるすべり)の木は、昔から何となく好きになれなかった。
人工的な感じがして他の木と合わないし、家に有るものは母親が強く剪定して瘤だらけになっていたので、異様な感じさえしていた。
最近は僕が放任して邪魔な枝以外は伐らないから、随分と背が高くなり枝も茂って、夏にはたくさんの花が咲く。
そして名前の漢字の通り長い間咲いているし、必要以上には大きくならないので、中々好都合な木だと思うようになった。
我ながら勝手な判断ではあるけれど、昔と比べて荒れた感じになっている庭の中で、この木だけは確実に、良い姿になったと思う。
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2017年04月11日

庭木の姿 The shape of trees in the garden

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今の季節は木に葉が少なくて枝振りが良く解るから、家の庭木の姿が気になって、ついつい眺めてしまう。
自然に整った形でいてくれれば良いのだけれど、広くない場所に色々植えてあるし建物や電線も有るから、中々そうは行かない。
また放っておくと枝がいたずらに伸びたり重なったり、部分的に枯れてしまったりと言う事も起こる。
それで、こちらの枝を伐ってこちらの枝を伸ばせば何年か後にはこうなって、などと考えるのだけれど、木が大きいと自分で伐るのは難しいし、一度伐ってしまえば元には戻せないから、どうしても眺めているだけの時間が長くなる。
考えてみれば、自分が仕事にしている建築の設計や監理にも、似たような所が有る。
仕事を始める時には建物の大きさや予算は大体決まっているものだし、法規の制約や周囲との関係も有るから、自分が出来る事は限られている。
また実際に自分の手で作る訳ではないので、土地や建物を眺めているだけの時間が長くなる。
そして眺めていれば色々な事に気付くし、色々な事を考えるようになる。

ヨコハマNOW第84号 2017年04月10日掲載
http://yokohama-now.jp/home/?p=16275
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2017年03月28日

白木蓮の花 The flower of the white magnolia

白木蓮の花

ここ数日の雨で大分散ってしまったけれど、庭の2本の白木蓮に花が咲いている。
以前は余り高くならいように上の方を伐っていたけれど、最近はなるべく自然のままにしているのでかなり大きくなっていて、葉が無い内にたくさんの花を付け、真っ白になっている姿は、はっとする位に見事だ。
この時期には他でも同じような光景を見掛けるけれど、桜の開花時期が近いせいか、余り話題にはならないようだ。
桜と比べると、白い花は華やかさに欠けるし、散った後の花びらが見苦しい、と言う事になってしまうのだろうか。
上に伸びるので大きな木でもそれ程場所を取らないし、もっと植えられても良いように思う。
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2016年07月28日

梅雨時に咲く無窮花 Rose of Sharon flowers in the rainy season

自宅入口近くに咲く無窮花

一昨日、相模原市で多くの人が殺傷される事件が起こった。
どう考えたら良いのか、まだ自分で整理が付いていない。

自宅の入口近くにムクゲの花が咲いている。
植えた覚えは無いから、庭に有る別の木から種が飛んで来たのだろう。
こうした赤紫色の花は少し珍しい。
辞書で見ると漢字では木槿となっているけれど、無窮花の方がぴったり来る。
朝鮮語の무궁화(ムグンファ)に当たるから。
花が次々と咲く様子が子孫繁栄を意味し、韓国の国花になっていると聞いた。
梅雨の季節は案外多くの花が咲いて、始めの頃に夏椿、盛りに紫陽花や美容柳、終わりの頃に無窮花や夾竹桃、百日紅の花を見る事が出来る。
今日、その梅雨が明けたらしい。
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2016年06月08日

立葵 Hollyhock

立葵

立葵(たちあおい)の花をとても好きだと言う友人が居た。
綺麗な花だけれど雑草のように生命力が強いらしく、庭と言うよりは道端のような所に多く生えているようだ。
何日か前に車を運転している時に見たような気がしたので、見当を付けて探してみると、幹線道路の脇の植栽帯で薄紅の花が見事に咲いていた。
誰かが植えたのではなくて、種が飛んで来て自然に育ったのだろう。
そのたくましさと華やかな姿が不釣り合いで何だか可笑しいのだけれど、花を真っ直ぐに見てみれば、妖しい位に美しかった。
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2016年05月26日

メタセコイヤの林 A forest of Metasequoias

生田緑地のメタセコイヤの林

先日、川崎の生田緑地へ行く事が有り、メタセコイヤの林を見る事が出来た。
以前に訪れた時は秋で、針葉樹が紅葉している姿が珍しくまた美しいので印象に残っていたのだけれど、緑の姿もまた美しかった。
手元に有る建築知識別冊緑のデザイン図鑑によれば、この木は「化石植物として知られていたが、1945年に中国四川省で原生種が発見され、生ける化石として有名になった」そうだ。
川崎にメタセコイヤの林が有る事は、土地に合った植物を自然な形で植えるのが良いと言う常識的な考え方には反するけれど、逆にそれが為に感じられる新鮮な魅力と言うものが有るように思う。
そして建築や街並みにも同じような場合が有るのだと思う。


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2016年04月12日

やって来た桜の木 The cherry blossom tree came to there

やって来た桜の木

家の敷地の一角に桜の木が生えて来て、今年花が咲いた。
花と葉が一緒に出て来たので、大島桜か何かだろう。
まだ数年しか経っていない筈なのに、もう4、5mの高さになっている。
このまま大きくなってしまうと少し困るのだけれど、切ってしまうのは惜しいし可哀そうなのでそのままにしている。
一方で、近くの雑木林から来るらしい樫や榎木は適当に切ってしまうのだから、自分でも勝手なものだと思う。
また一方で、一昨年植木屋さんに移植してもらった別の桜は結局枯れてしまったらしく、花も葉も出て来ない。
自分の土地だと思っていても、草木は中々自由にならない。
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2015年08月19日

のうぜんかずら Trumpet creepers

のうぜんかずら

家の庭に、のうぜんかずらの花が咲いている。
まんさくの幹を伝わり、頭より高い所で。
蔓草が伸びると、庭の手入れが出来ていない事を咎められているようでつい、取ってしまいたくなるのだけれど、これだけ鮮やかな花が咲いていればそんな気は起こらない。
その一角だけ南国になったようで一時、暑さが嫌なものではなくなってしまう。
そしてふと、この花を題名にした歌が有った事を思い出す。
でもその歌詞と目の前の花はうまく重ならない。
その歌を歌った人も、僕に教えてくれた人も、今は母になっているらしい。
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2014年12月12日

庭の楓の紅葉 The autumn leaves of maples in my garden

庭の楓の紅葉

庭の楓が紅葉し、もう散り始めている。
画像に載せた写真は6日前、12月6日の昼頃に撮ったもの
真っ赤な紅葉も綺麗だけれど、このように緑、黄緑、黄、橙と言うようにたくさんの色が有って、その間にまた無数の諧調が有る様子も美しい。
でも実際に感じた美しさは、写真には現われない。
試しにパソコンで画像処理を加えてみると、やはり不自然になってしまうようで、すぐにやめてしまった。
それでも記憶を呼び覚ます手掛かり位にはなるだろうと思って、何度も何度も写真に撮ってみたくなる。
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2014年04月23日

紫かたばみの花 Violet wood sorrel flowers

紫かたばみの花

自宅の広縁に置いてある鉢に、紫色の小さな花がたくさん咲いた。
それまでクローバーだと思っていて、去年12月12日の記事にそう書いてしまったけれど、紫かたばみと言う草だったらしい。
名前が変わっても、草の姿はそのまま。
サボテンの鉢には、また同じ葉が生えて来ている。
今度は植え替えずそのままにしておこう、と思う。
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2014年04月08日

花まつりの日 The day of Flower Celebration

山桜

今日4月8日は花まつりの日。
寺にも自宅の周りにも色々な花が咲いている。
庭の木については、咲いた日を手帳に書き留めるようにしているのだけれど、いつの間にか満開になっていて、時期を逃してしまうものも有る。
散り始めたのはジンチョウゲ、ユキヤナギ、レンギョウ、盛りなのはシモクレン、ズオウ、咲き始めたのはハナミズキ、カリン、ヒメリンゴ。
画像に載せたのは、近くの道の際に咲いている山桜。
毎年、公園の染井吉野より少し晩く、庭の紅普賢(コウフゲン)より早く咲く。
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2013年12月12日

のびのびクローバー Well extended clover

広縁のクローバー

自宅にサボテンの鉢が幾つか有るのだけれど、水をやり過ぎるのか、時々雑草が生えて来る。
出て来たクローバーを別の鉢に移したら、すくすく育って、葉が10cm位まで大きくなった。
その葉は夜になると折り畳み傘のようにしぼんで、朝にまるとまた開く。
そうした様子を確かめながら葉越しに水をやっていると、まるでペットを飼っているような気分になる。
一方で、大きな葉は何となく不自然な感じもして、自分がした事がその結果を招いたのだと思うと、何だか後ろめたくもなって来る。
そもそも、植物を鉢に植えたり動物をペットにしたりする事自体が、不自然なのかも知れないけれど。

追記:クローバーだと思ったけれど、咲いた花からすると紫かたばみと言う草らしい。(2014/04/23)
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2012年08月17日

榊の力

榊の苗

自宅に神棚が有り、榊を絶やさず供えるようにしています。
母が居た時は母の役目でしたが、今は私がやらなければなりません。
榊の木は庭に有るので、その枝を取ってくるだけで良いのですが、何事にも不精な方なので、決まった日に供えるのではなく、萎れてから取り替えるようにしようと考えました。
ところが新しい枝を供えた後、1週間経っても2週間経っても変わった様子が有りません。
1月以上経った頃、どうなっているのかと調べてみると、何と切り口の辺りに根が生えていました。
昔の人達はこの生命力を神秘的に感じて、神前に供えるようにしたのでしょうか。
その2本の枝を植木鉢に植え、育ててみようと思っています。
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2010年12月02日

ノムラモミジ


ノムラモミジ

少し、季節に遅れた話題を一つ。
私の家の周りには、亡くなった母が植えたノムラモミジの木が何本か有って、毎年その綺麗な色で、目をを楽しませてくれます。
その葉は春に芽吹いた時から赤くて、一年中緑になる事が有りません。
ですので、周りの木々が緑の間は、どことなく人工的で、仲間外れのように見えてしまいます。
秋になると漸く、周りの仲間に入れて貰える訳ですが、他の木が一日一日と色を変化させている間も、この木だけは常に赤いままなのです。
直感的には、緑から赤や黄に変わった方が鮮やか、と言うように思ってしまいますが、良く見ればそうでもなくて、ノムラモミジの方が鮮やか、と言う事が多いようです。
また、桜などの葉が斑に色付いているのはとても綺麗ですが、楓の類はやはり、全ての葉が同じように色付いた時が、一番綺麗なのではないでしょうか。
そうだとすればノムラモミジは、その綺麗な期間が長く続く、優等生だと言えるでしょう。
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2010年10月01日

庭に咲いた花


庭に咲いた花

少し前、庭に有った鉢植えの若木をうっかり折ってしまったので、罪滅ぼしに添え木をし、毎日水をやっていました。
葉の形から楓か何かだろうと思っていたのですが、暫くして予想外に、大きな赤い花が咲きました。
周りの草木とは不釣り合いな程鮮やかな、南国風の花です。
残念ながらこうした知識に乏しくて、花の名前は解りません。
もしご存知の方がいらっしゃれば、教えて頂きたいと思います。
それにしても、花の写真を撮るのは難しくて、困ります。
後から見ると、撮った時に受けた印象とはどうもずれているような気がして、一番近いのはどれだろう、などと思いながら何度も見ている間に、今度は記憶の方が怪しくなって来ます。
でも考えてみれば、それは葉や幹についても言える事なのに、そうした物はもっと曖昧に見ていて、困らないだけなのかも知れません。

(追記)
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2010年03月31日

貧乏草


貧乏草

家の中に置いてある蘭の鉢に、いつの間にか別の花が咲きました。
ヒメジョオン、所謂「貧乏草」です。
前に母から聞いた話しでは、雑草であるこの花が畑に咲いているようでは駄目で、農家だったら貧乏してしまうから貧乏草、だとか。
でも私にとっては、子供の頃から見慣れた花で、飾り気が無い優しさが感じられて、取り除いてしまうのには忍び無く、そのままにしています。
もし玄関の前にでも咲いていようものなら、容赦無く毟り取ってしまったでしょうから、我ながら気まぐれと言うか、いい加減なものだと思います。
そう言えば昔、この花の茎の所を手で押さえたまま親指で花を弾いて、どこまで飛ぶかと遊んだ事が有りました。
今から考えると少し残酷ですが、貧乏草だから構わない、と子供ながらに理屈を付けていたのでしょう。
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2010年03月09日

つ・ば・き


椿の花

今の季節、自宅の庭には何種類かの椿の花が咲いています。
広くはない庭ですが、亡くなった母が好んで色々な種類のものを植えたのでしょう。
子供の頃から有った木がほとんどで、普段はあまり気に掛ける事も無いのに、寒い季節にそれぞれが精一杯に花を咲かせているのだと思うと、お礼を言いたい気分になります。
何日か前、艶やかに咲いた花をじっと見ていたら、ふと、今まで「椿」と呼んで解ったつもりになっていて、花そのものは良く見ていなかったかも知れない、と思えて来ました。
「椿」、「ツバキ」、「つばき」、英語なら”camellia”(カメリア)。
書いてしまうとどれも何となくしっくり来ないのですが、「つ・ば・き」と口に出して言ってみると、それが一番目の前の花には合っているようでした。
きっと私が字を習う前に、口から耳へとその言葉を教えてもらったせいなのだろうと、おぼろげながら思います。
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2009年11月12日

夏椿の紅葉


夏椿の紅葉

去年の2月1日に山茶花(さざんか)や椿は建築家に人気が無いようだと書きましたが、同じ仲間の落葉樹である夏椿は随分人気が有るようです。
葉は薄く幹は滑らかで、全体の樹形が縦に長くなるので、軽快ですっきりとした感じになり、現代的な建物に合わせ易いのでしょう。
また狭い場所や日当たりが良くない場所にも植えられると言う点も好まれるのだと思います。
本来は標高が高く湿り気が多い、箱根のような場所を好んで自生するようですが、横浜や東京の住宅地でもしばしば見掛ける事ができて、今頃の季節には美しい紅葉を見せてくれます。
その様子は、楓のように木全体が一色に染まると言うものではなくて、微妙に異なる諧調を持った黄色や橙色、赤褐色が混じり合いながら、ところどころに緑色を残しつつ鮮やかな全体ができていると言うような、奥深い美しさです。
そのように多様なものが混じり合ってできる美しさと言うのは、どこか現代的な雰囲気を持っていると言う気がして、飽きずに何度も眺めてしまいます。
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2009年06月05日

宮脇昭さんと鎮守の森


鎮守の森

新潮文庫で出ている「鎮守の森」。
著者の宮脇昭さんは地元横浜国立大学の先生だったと言う事もあって、以前から気になる存在でした。
最近は環境に良いとかエコロジカルとか言う言葉があまりにも蔓延してしまって、あまのじゃくな私などはかえっていろいろな事に懐疑的になってしまうのですが、この人はそうした流れが目立つようになるずっと前から地道に日本の植生に取り組んで来られたのです。
積み重ねた体験無しには書けないであろう文章にはやはり相当の重みが有って、自分が今まで持っていた木や森についてのイメージや知識はあまりにも表面的なものだったと言う事に気付かされました。
横浜国立大学のキャンパスに行くと、異様に感じられる程密度の濃い常緑樹の林を見る事ができますが、それはこの方の理論に従って植えられた木が育ったものだと聞いています。
posted by masaaki at 12:07| Comment(0) | 植物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする