2016年03月28日

長崎再訪 Revisiting to Nagasaki

風頭公園付近から見た長崎市街

3月の初め、長崎を訪れた。
港、坂道、路面電車、外国との交流、原爆の跡。
色々な表情を持ち、周りを山と海に囲まれて、一つの世界が形作られている街。
20数年前、大学生の時にも2度ここを訪ねた。
それ等の記憶は断片的なものになってしまったけれど、どちらの時も知人に案内をして貰って、大切な思い出になっている。
今回は自分で行く所を調べ、決めたので、街の全体像をよりはっきりと掴めたように思えた。
そして3度の経験を経て、自分の中にこの街の姿が定着したように感じた。
普段余り意識をしないけれど、他の街との関係もこうして深まって行くのだろう。
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2016年03月17日

川から見た横浜の街と橋 The view of Yokohama city and bridges from the river

大岡川中村川分岐点

先月2月27日、建築家協会の催しに参加して、川から横浜の街と橋を見る機会が有った。
長者橋近くの日の出桟橋からボートに乗って大岡川を上り、吉野橋付近で中村川に入る。
そのまま下って堀川から山下埠頭付近の横浜港へ入り、大桟橋と新港埠頭の間を通って汽車道の脇を過ぎ、再び大岡川を上って日の出桟橋に戻る。
約2時間の短い船旅だったけれど、とても貴重な体験だった。
僕にとって大岡川と中村川、堀川に囲まれた横浜の中心部は、子供の頃から馴染んでいた所で、地図でも見慣れていたけれど、こうして船で一回りした事で今までの体験と知識が結び付き、自分との繋がりがより確かなものになったような気がする。
画像は吉野橋付近の大岡川と中村川の分岐点。
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2015年05月15日

さようならガーデン山 Good bye Garden-yama

ガーデン山団地

この春、横浜のガーデン山団地に住んでいた友人が静岡へ引っ越した。
静岡はそれ程遠くないけれど、今までのように気軽に会う訳には行かなくなると思うと寂しい気持ちがする。
またガーデン山には何度も遊びに行って、建築家グループarea045(エリアゼロヨンゴ)の展覧会で取り上げた事も有ったので、そこと縁が無くなりそうな事もまた寂しい。
横浜駅から遠くない神奈川区三ツ沢下町の丘の上で、緑が豊か。
郊外の大きい団地とは違い、周囲の街と繋がっている感じがして、全体に落ち着いた雰囲気が有る。
友人夫妻は部屋の中を自分達なりに改装しながら、とても上手に暮らしていた。
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2015年04月29日

酒井書店閉店 Closing of Sakai Bookstore

酒井書店南側

3月末、僕が住んでいる街の駅前に有った酒井書店が閉店した。
貼り紙には「経営者及び従業員の高齢化のため」と書いてあった。
街の大きさから考えると大きい本屋さんで、雑誌や文庫本だけでなく語学書やNHKのテキストも有り、以前は2階に建築や機械の専門書も置いてあった。
店の人と親しいと言う訳ではなかったけれど、60年間営業していたそうだし、自宅に有る本のかなりの部分はここで買ったものだと思う。
いつの間にか街の本屋さんそのものが少なくなっていて、歩いて行ける所はチェーンの2軒だけになってしまう。
自分の生活にとって本がまた少し縁遠いものになりそうで寂しいし、残念だ。
(2015年05月18日改稿)

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2015年03月27日

柴又へ Going to Shibamata

柴又の街並み

ふらりと柴又を訪れた。
映画「男はつらいよ」をたくさん見ているのに、その舞台である柴又へ行ったのはまだ2度目。
下町と言うイメージを強く持っていたけれど、実際には東京都の東端で、矢切の渡しを渡って千葉県に行けば、僕が今住んでいる街のような郊外になる。
初めて行ったのは高校生の時で、同級生の女の子から下町のような所に行ってみたいと言われ、あまり考えないまま訪れた。
横浜から何度も電車を乗り継いで行って、帝釈天が思ったより狭いと感じたのを覚えている。
もっときちんと調べて準備をするべきだったのだろうけれど、あの時はそれで良かったような気もする。
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2014年11月08日

北千住にて In Kitasenjyu

北千住にて

先月末、ドイツから友人が来て、2日程行動を共にした。
東京電気大学が有る北千住へ行った時、彼は整備された駅前の様子には関心が無いようだったけれど、裏通りではあちらこちら写真を撮りながら見て回っていて楽しそうだった。
その感覚は僕と余り変わらない。
東京や横浜周辺で駅前の再開発が完成すると、交通や防災の問題は改善したけれど街はつまらなくなった、と言う事が多い。
一方で彼は、幹線道路沿いや工場の隣に多くのマンションが建ち並んでいるのを見て、こんな所に住む人達の気持ちが解らない、と言っていた。
その感覚も僕と近いのだけれど、普段そうした風景を見慣れているせいか、少し虚を突かれる思いがした。
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2014年09月22日

菅田の墓地と納屋 A cemetery and a barn in Sugeta

菅田の納屋

何度も新聞に折り込まれて届く墓地の広告を見て、一度行ってみたいと思っていた。
墓地そのものにはそれ程興味が無かったけれど、案内図で示されたその場所、横浜市神奈川区菅田町の西端辺りは、自分の家から遠くないのに行った事が無い、未知の場所だったからだ。
今年の夏のある日、車で出掛ける時に、ふと思い付いてそこを訪れる事にした。
周囲の幹線道路までは迷わなかったけれど、そこから入って行く道は狭くて枝分かれや坂が多く、何度か間違えた末に目的地へ辿り着いた時には、ちょっとした達成感が有った。
墓地の前には宣伝の赤い幟が並び、中は奇麗に手入れされていて人影が無く、周りには森や田畑が広がる。
近くの道路脇には美しく、またどこか懐かしい一軒の納屋が建っている。
丘を越えた東側には集合住宅が並ぶ団地が有り、北側には戸建て住宅が並ぶ分譲地が有るのに、そうした街の気配は少しも感じられない。
墓地とその周囲の場所は、それぞれが接しながら関係を持たずに、別世界を作っているようだった。
そして、一体自分はどの世界に属しているだろうと考えてみて、どこにも属していそうにないけれど、それ等が集まった全体に属している事になるのかも知れない、と思った。

area045 建築家のコラム 2014年09月22日掲載
http://www.area045.com/mutter/271.html
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2014年06月26日

コットンハーバーへ To Cotton Harbor

コットンハーバー

先週6月21日、横浜にLRTを走らせる会の人達と東神奈川駅の海側を訪ねた。
4月29日に書いたように、横浜市ではその辺りを含む臨海部でLRTの検討を始めている。
駅から海へ進むと、突き当たりは米軍が管理する瑞穂埠頭で、その手前を右へ曲がるとコットンハーバーと呼ばれる団地、その向こうには中央卸売市場が有る。
コットンハーバーは横浜駅から2km位の距離に有って、高層マンションが建ち並び、約2900人が暮らしていると言う。
しかし他の街からは数少ない橋を渡らないと入れないし、横浜駅やへ向かう道は自動車しか通れず、埠頭や市場との往来は無い。
ここをLRTが通るかどうかは別にしても、周囲との行き来がもっと自由に出来るようになれば、ずっと魅力的な街になるはずだ。
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2014年01月20日

中華街での思い出 Memory in Chinatown

今横浜で一番人気が有る場所は、中華街であるらしい。
平日でも通りには人が溢れ、有名な料理店の前には長い行列が出来ている。
でも僕が子供の頃、この街は南京町と呼ばれていて、少し怖い感じがする所だった。
その理由の一つとして、店で働いている人達の愛想が良くないと言う事が有ったと思う。
それは中国でも韓国でも他の国でも同じようなもので、店員に日本人と同じような態度を求めるのは無理だと知ったのは、大人になってからだった。

何年か前のある日、その中華街へ母と2人で行き、食事をした事が有った。
料理は美味しかったけれど、給仕をしてくれた女性の店員は見事なまでに愛想が悪かった。
笑顔は無い、呼ばなければ来ない、何か言ってもろくに返事もしない。
最近はこの街も随分日本らしくなったと思っていたけれど、まだこう言う人も居るのだと思いながら、母がどう感じるかは少し心配だった。

「あの人、中国人かね。」
「たぶんそうだろ。」
「うちへ遊びに来ないかって誘ってみようか。」
「え、どう言う事?」
「何だか寂しいのかと思ってさ。」

僕が愛想が悪いと感じた態度を、母は寂しそうだと受け取ったのだった。
しかし僕は常識的な判断をしてその提案に反対し、彼女を家へ招く事は無かった。
今になってその時の事を思い出すと、多少嫌な事が起こっても母の言う通りにすれば良かったような気がする。

area045 建築家のコラム 2014年01月06日掲載
http://www.area045.com/mutter/259.html

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2013年09月07日

たまには銭湯も良いものだ Sometimes going to a public bath is good

中山湯

僕が住んでいる街には中山湯と言う銭湯が有る。
子供の頃からやっていて特別な存在ではなかったけれど、周りではパン屋や牛乳屋や料亭やボーリング場など、同じように当たり前だったものが次々と無くなってしまったので、この銭湯位は残って欲しいと思う。
そう言う贔屓目が有るせいか、以前はもう少し湯船が広ければとか、脱衣場にテレビが有って牛乳位売っていればとか、色々要望が有ったのだけれど、今では水が綺麗で掃除をきちんとしていてくれればそれで良い、と思うようになった。
貧相に思えた外観も、さっぱりとして好ましく、某建築家の作品のように思えてしまう。
たまには銭湯へ行くのも良いものだ。

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2012年09月04日

大桟橋の入り口で

K-ワークショップ周辺

先週のある日横浜で、友人の建築家、諸我尚朗さんが手掛けた改修の事例を幾つか見せて貰いました。
画像に載せたのは、大桟橋の入り口に有るK-ワークショップと周りの街並みです。
諸我さんは空き家になっていたこの建物を見付けて、貸し主に連絡し、借り主は自分で探すなどして、事業が成り立つようにしたそうです。
すぐ近くには斬新な設計で有名なターミナルビルが有りますが、それとは別の種類の良い仕事が、確かになされていたのだと思います。
以前にドイツ人の友人とこの辺りへ来た時、ヨーロッパの街のようだと言われのも、全くのお世辞ではなかったでしょう。
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2012年08月30日

元町で見たサンバ

元町サンバカーニバル2012年8月18日

8月18日の夕方、横浜の元町商店街でサンバのパレードを見ました。
野毛に拠点を置くエスコーラ・ヂ・サンバ・サウーヂ(Escola de Samba Saude)と言うグループによるものです。
バラエティ豊かな衣装と踊り、また陽気な音楽と笑顔が楽しく、メンバーの熱心さや誠実さにも好感を持ちました。
事前に話しを聞いた時には、元町とサンバのイメージがうまく結び付かなかったのですが、この街は横浜の港ができて以来、積極的に新しい文化を取り入れて来たのですから、今また新しい何かが生まれようとしているのでしょう。
このグループはその後、浅草サンバカーニバルで2年連続となる優勝を果たしたそうです。

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2012年03月09日

代官山蔦屋書店

代官山蔦屋書店

代官山の旧山手通り沿いに蔦屋書店ができたと聞いていたので、昨日見に行きました。
あの辺りは私にとって思い入れが有る所で、気にしていたのです。
全体は低層の建物がゆったりと配置されていて緑も有り、良い場所になっていると思いました。
書店そのものは落ち着いた雰囲気で、毎日朝の7時から深夜2時まで開いているそうです。
ここを作った増田宗昭さんのインタビュー記事を以前雑誌で読んで、しっかりした考えを持っている人だと感心しましたが、その意向がきちんと反映されているのでしょう。
建築としてもその期待に応えたものになっていると思いますが、設計者の立場からすると、もう少し良くできたのではないかと言う気持ちが残ります。
一番気になったのは、通りに面して似たような建物を3棟並べた書店の配置。
結果として建物の間の場所があまり活かされず、内部に入ると自分がどこに居るのかが解り難くなってしまったように思います。
設計をしたクラインダイサムは隣接するヒルサイドテラスに敬意を払ったそうですが、その辺りはもう少し見習う余地が有ったのではないでしょうか。
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2011年11月24日

熱海の石畳

石畳通り

先週末、建築士会の催しで熱海を訪れ、地元の方に石畳通りと呼ばれる場所を案内して頂きました。
ここが別荘地として開発されたのは戦前で、通称の由来となっている石畳は、かつて有った熱海ホテルが戦後占領軍に接収された際に敷かれたそうです。
この街に建っている建物は皆低層で落ち着きが有り、敷地には緑が多く見られます。
新しい道路ができたせいで海岸へ直接出られなくなったのは残念ですが、相模湾を望む景色は昔とそれ程変わらない事でしょう。
熱海にもこんなに良い所が有るのだな、と思い掛けない発見をした気持ちになりました。
一方で、熱海駅からこの街まで歩いた道のりは、車が多いのに歩道が狭く、周囲には高層マンションが建ち並んでいて、とても快適とは言えないものでした。
そして残念ながらその景色の方が、街全体の印象を決めてしまっているように思います。
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2011年11月01日

久地円筒分水

久地円筒分水

前回書いた分譲住宅の敷地は川崎市内で、少し離れた所をニケ領用水が流れています。
それをきっかけにふと思い出して、高津区に有る久地円筒分水を見に行きました。
ニケ領用水ができたのは江戸時代の初めで、円筒分水ができたのは1941年。
用水はここで4つの堀に分かれるのですが、それまでは水の分配を巡って争いが絶えなかったので、この装置によって分水が耕地面積に応じた一定の比率で行われるようにしたそうです。
現在はニケ領用水自体があまり利用されていないのですが、桜の季節には大勢の人がここを訪れると聞きました。
機能的な理由からできたに違いないこの美しい形と水の流れが、装置がその役割を終えた現在、一種のオブジェとして存在感を持ち、人々を惹き付けるのでしょう。
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2011年09月17日

小さな街御宿

御宿海岸

先日、友人が設計した建物を見に、千葉県の御宿(おんじゅく)へ行きました。
その街には、小学生の頃の夏休みに、両親に連れられて何度も行った事が有るのです。
今となっては良く解らなくなってしまいましたが、母の知り合いが居たと言うような繋がりが有ったのだと思います。
久し振りに訪れた街の印象は、おぼろげな記憶に比べて、随分と小さいものに感じられました。
卒業した小学校を訪ねた時に、こんなに小さな建物だったろうか、と感じたのと似たような感覚です。
でも考えてみれば、自分の身長はせいぜい1.5倍位にしかなっていないのですから、物理的な変化と言うよりは、ものの見方や感じ方が変わってしまったのだと思います。
そしてそこに流れる時間までが、何だか慌しく、早く過ぎ去って行くようなのでした。
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2011年07月29日

香港的香

香港の街角

ちょうど1箇月ぶりの更新です。
7月前半に中国の広州と香港へ行ったのですが、体力的にも日程的にも少し無理が有ったようで、帰国してからは全く余裕が無い状況になってしまいました。
広州は、2年前にも行った建築装飾博覧会が目的。
その後の香港は私用で、私にとって初めての訪問でした。
2日間しか時間が無かったので、広州の博覧会で歩き過ぎた脚を気にしながら、さらに歩き続けるはめになりました。
まず印象的だったのが、香りと匂い、です。
決して良いものばかりではないのですが、実に多様で活き活きしていて、色々な人達が居て色々な生活が有る街の様子を、そのまま反映しているように思いました。
例えば、たまたま前を通った小鳥を売る店で、主人が穀物を炒って餌を作っていて、まるで食堂のような良い香りがしている、と言う事が有りました。
その店は、良い香りが解る位に清潔に保たれていて、しかも袋に入った出来合いの餌を並べる程には画一化されていない、と言えるのだと思います。
そんな香港は、もう少し長く居ても良いな、と思わせる街でした。
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2011年06月02日

吉本隆明が語った都市

像としての都市

インターネット上での買い物には、いまだに何となく馴染めないのですが、本とCDだけは、その便利さを享受しています。
最近読んだ「像としての都市、吉本隆明都市論集」も、一時は手に入れる事を諦めかけていたのですが、ネット上の古書店で見付ける事ができました。
20年前に出版された本なのに、古臭い感じは全く無く、むしろ時間が経った事で、著者のものの見方の的確さや独特さが、より鮮やかになっているように思います。
例えば、一方で個人的な体験を元に、佃島や谷中界隈の様子を濃密に語り、もう一方でランドサット衛星が写した写真を示しながら、現在の東京をドライに語っている所などは、まるで虫の視点と鳥の視点の両方を使っているようで、1人の人間がこのように立体的、多元的に物事を考える事ができるのか、と感心しました。
20年前に読んだ方が良かったか、それとも今詠んだ方が良かったかは解りませんが、読書の楽しみと言うものを改めて感じさせてくれた1冊である事は、確かです。
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2010年06月12日

ローマ郊外の風景


ローマ郊外の風景

今回のイタリア行きでは、国内での移動は主に鉄道を利用しました。
車窓から風景を眺めていると、イタリアは街だけでなく、田園や村の風景も美しいのだと実感させられました。
ただし村から街へと移り変わる間は、やはりそのどちらでもない、郊外と呼ぶべき地域が続いているようでした。
良く見れば、広告類は目立たちませんし、建物の色や高さがある程度揃っているので、さすがと思わせられるのですが、美しいとまでは言えませんし、むしろ日本の郊外に比べると活気が無く、つまらないようにさえ感じました。
イタリアの都市で働き、暮らす現代の人達にとっては、こうした風景こそが日常的なのかと思うと、風景を考える事、あるいはそれを計画したりデザインしたりすると言う事の難しさを、改めて感じてしまいます。
何かと評判が悪い日本の風景にしても、都市部の活気は好ましいもののはずですし、地方に行けばまだまだ自然の美しさが残っているのですから、要は比率の問題で、イタリアでは部分的だと感じられるような郊外の風景が、日本では一般的なものになってしまっている、と言う事なのかも知れません。
画像は車窓から撮った、ローマ郊外の一風景です。

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2010年05月01日

コモのロッジア


コモのロッジア

画像に載せたのは、コモの街の中心に有る教会とその前の広場に繋がる半外部の場所で、建築の言葉で言う「ロッジア」(loggia)です。
このような街を歩くのが楽しいのは、単に街並みが古いからとか、綺麗だからとか言うだけではなくて、建物と街、それに人が良い形で結びついているからだと思うのですが、それには、こうした場所が重要な役割を果たしているはずです。
日本の建物にも、縁側とか土間とか、魅力的な半外部の場所は有りますが、このように街中に有って誰でも利用できる所、と言う例は残念ながらあまり無いようです。
振り返ると、私が学生の時に考えた計画に、駅の上に建物を作ってロッジアのような場所を設け、駅前広場と一体的に利用できるようにする、と言うものが有りました。
当時はまだ実際のロッジアを見た事が無かったのですが、今回体験したものは、まさにその時に思い描いていたものに他なりません。
私が建物と街の関係を考える時に、最もおもしろいと感じるのはこのような部分で、それは学生の頃からあまり変わっていないようです。
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