2011年10月29日

線路際分譲住宅の現場

線路際分譲住宅の現場

先に書いたプロポーザルの結果は惨敗で、日常の仕事に戻っています。
昨日は線路際の敷地に建設中の、分譲住宅の現場へ行きました。
上棟が終わり、これから仕上げの工事に進む所です。
この現場では監理を委託されていないので、訪れたのは久し振りでした。
でも一度行ってしまえば、すぐにいつも通りの気持ちになって、あちらこちら気にしながら少しでも良いものができるように、頑張る事になります。
そして大工さんや職人さんがこちらの意図を解って頑張ってくれるような時には、とても勇気付けられ、嬉しくなります。
建築家としての自分を育ててくれたのは、まさにこうした現場での経験だったのですから、その分今は、そこで積極的に役割を果たすべきなのだと思います。
帰りに線路の反対側から建物を見た時には、設計した時に考えていたよりも少し余計に、自分の色が出ているような気がしました。
posted by masaaki at 22:16| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月21日

Sparkling Days展、荒神明香の作品

Sparkling Days展ちらし

先日横浜市民ギャラリーで”Sprkling Days”(スパークリングデイズ)展を見ました。
2007年と2008年にもここで同じ位置付けのニューアート展を見ましたが、今回は若い3人の個性が伸びやかに展開されていて、最もおもしろかったと思います。
中でも荒神明香(こうじんはるか)さんの唯一の作品、”pasta strata”(パスタストラータ)は強く印象に残りました。
画像が無いのが残念ですが、乾燥パスタを接着して形を作り糸で吊るす、と言う単純な方法で7m×20m程の1つの街を作り上げ、それを四周から見られるようにした作品です。
荒神さんはこの作品を作る前提として、震災の被災地である宮城県石巻市に9日間滞在し、ワークショップを行ったそうです。
おそらく、この作品が被災地の復興に直接役立つと言う事は無いでしょうし、被災した人達の心の支えになるかどうかも解りません。
それでもこの作品には、震災の後にこれができた事には何か積極的な意味が有ると思わせる強さと美しさが有り、同時に見る人に色々な事を考えさせる深さが有る、と思いました。
そして私自身にも、忘れかけていた建築の可能性を考える1つのきっかけを与えてくれたように思います。
展覧会は既に終わりましたが、横浜市民ギャラリーのサイトを記しておきます。
http://www.yaf.or.jp/ycag/
posted by masaaki at 19:29| Comment(0) | 美術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月19日

七ヶ浜町遠山保育園改築設計プロポーザルへの参加

遠山保育所危険度判定の貼り紙

一昨日10月17日は宮城県七ヶ浜町の遠山保育園改築設計プロポーザルの締め切り日で、私もそれに合わせて提案書を送りました。
3月11日の震災で使えなくなった保育園を建て替えるため、公募により提案を募り、設計者を選ぶのです。
9月21日に台風が接近している中を七ヶ浜町へ行ったのは、この保育園の敷地を見に行くためでした。
あの震災が起こってから後、自分も建築家として何らかの貢献をしたいと思い続けていたので、このプロポーザルは願ってもない機会だったのです。
当然、最終的に選ばれる1者になれなければ、設計者としての具体的な貢献はできないのですが、たとえ選ばれなかったとしても、自分にとっては大きな意味を持つ経験になると思います。
幸い今回は、ランドスケープや構造、設備などの面で協力してくれた人達との協同作業がうまく行って、提案書をとても充実したものにする事ができました。
そうした人達の貴重な努力が無駄にならないよう、良い審査結果が届く事を期待しています。
posted by masaaki at 22:18| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月10日

緑区で高い放射線量

10月7日の神奈川新聞24面に、文部科学省が公表した福島第1原子力発電所事故で放出された放射物質の測定結果に基づく放射線量の記事が有り、神奈川県内はほとんどが0.1マイクロシーベルト以下だったが、横浜市緑区と山北町の一部地域で0.1〜0.2マイクロシーベルトの地点が有った、と書いてありました。
横浜市緑区は、私の自宅と事務所が有る所です。
ああ、やはりそう言う事が有るのかと不安になり、インターネットで調べ始めたのですが、詳しい事は解らず、ただひょっとしたら緑区と有ったのは相模原市緑区の事かも知れないと思うようになりました。
翌日8日の新聞には案の定、その通りの訂正記事が載り、一瞬安心をしかけた訳ですが、その後でふと、そうした自分の気持ちがあまりにも浅はかで、かつ浅ましいものである事に気が付いて、愕然とする事になりました。
こうした状況を、早く変えて行かなければならないと思います。
posted by masaaki at 19:51| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月04日

閖上へ

閖上風景

名取市文化会館へ行った後、市内の閖上(ゆりあげ)と言う街を訪ねました。
15年程前、私が会館の建設現場に通っていた時には、昼休みによくここを訪れて、食事をしたり川辺でパンを食べながら本を読んだりしたものでした。
しかし報道で度々取り上げられたように、今回の震災では津波による甚大な被害が有り、住民約5600人の内約700人が犠牲になりました。
全てが無くなってしまったような街の中心部に立つと、そこにかつての風景を重ねる事は難しく、災害は確かに有ったのだと自分に言い聞かせる以外の事は、何もできませんでした。
そんな自分の行動が恥ずかしくなる位、意義が有ると思えたのが、10月2日にNHKテレビで放送された「巨大津波、その時ひとはどう動いたか」と言う番組です。
3月11日に閖上の街に何が起こり、そこに居た人々がどのような行動をしたか、丁寧に追跡してまとめたものでした。
もし自分がその時その場所に居たらどうしたか、どうするべきだったかと考えて、当然その答えは簡単には見つからないのですが、何度も考えて悩むに値する問題なのだと思います。
番組を紹介したNHKのサイトを記しておきます。
http://www.nhk.or.jp/special/onair/111002.html
posted by masaaki at 22:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月02日

名取へ

名取文化会館外観

3日目には、以前勤めていた設計事務所で担当した名取市文化会館を訪ねました。
6月17日に書いた通り、震災で内部の天井や壁に損傷が生じてしまったのですが、まだその復旧工事は始まっていなくて、雨漏りの被害は以前よりひどくなっていました。
現在は調査や事務的な手続きが進められている段階で、会館の方のお話しでは、震災1年後となる来年3月11日までに大ホールだけでも使えるようにしたい、との事でした。
名取市には他に大きな集会施設が無いので、事情は切実です。
しか今の私の立場では、復旧に直接役に立つような貢献は、できないのです。
今回の訪問でも、却って会館の方々にご迷惑を掛けてしまったのではないかと、心苦しく思っています。
posted by masaaki at 00:23| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする