2010年10月19日

翠竹流近代詩文


偉大な人間の心がかりは一つしかない/できるだけ人間になること/平凡に見られることだ

久し振りに書の話題。
私は大日本日本書芸院と言う団体に所属して書を習っていますが、その創始者は阿部翠竹と言う方でした。
明治に生まれ、激動の昭和を通して書に取り組み、一派を成した翠竹先生が残した書を見ると、単に上手とか綺麗とか言う事を越えた、大きさと気迫を感じます。
会に所属している何千人かが、未だに亡くなった翠竹先生に倣って書き続けている、と言う事は、外部の方には異様に感じられるかも知れませんが、そこにはそれだけのものが有るのだと思います。
画像に載せた書は、私が先生の作品に倣って書いて、今年会が主催した展覧会に出品したものです。
漢字と仮名が混じった日本語、つまり近代詩文をどのように書くか、と言う事への先生の答えとは、語句を群として捉え、濃淡や滲み掠れを加えて、水墨画のように遠近や奥行きを表現する、と言う事だと理解しています。
これは、私がこれまで書いたものの中では、最も良く翠竹流近代詩文に近付いたものだろうと思います。
posted by masaaki at 23:33| Comment(2) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月14日

黄金町バザール


黄金町バザールリーフレット

先週末、横浜で開かれていた「黄金町バザール」と言う催しへ行きました。
いかがわしい店が並んでいた地域を芸術家や建築家の力を借りて再生しよう、と言う取り組みの一環で、知人の建築家も何人か参加しています。
口が悪い友人に言わせれば、対象がせこくて、やっている事は学園祭のようだ、と言う事になってしまうのですが、私は元々学園祭が好きだったせいか、十分に楽しめました。
中で1つ良かったものを挙げるとすれば、蔡坤霖(Cai Kunlin)と言う人が作ったインスタレーションです。
元飲食店だった、細い階段で繋がった1階と2階からなる狭い場所を、2階に斜めの床を挿入する事で3層にし、パイプや木材などのありふれた材料を張り巡らす事で、意外な程の奥行きと広さを感じさせる、興味深い空間にしていました。
いわく付きの場所を、そのいわくから一旦離れて物理的な素材として捉え直す、と言う制作態度にも、好感を覚えます。
この催しそのものは既に終わってしまいましたが、街に対する取り組みは、まだまだ続くようです。

posted by masaaki at 18:05| Comment(0) | 美術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月09日

T自治会館コンクリート打設


T自治会館コンクリート打設

今週水曜日、T自治会館の建設現場で、コンクリートの打設を行いました。
型枠と鉄筋を組んだ所にコンクリートを流し込んで、壁や床を作るのです。
今回は、竣工までに4回予定されている内の3回目で、これまでに私を含めた大勢の人間が、その為の準備をして来ました。
しかし打設そのものは1回限りで、やり直しができません。
失敗すればそれがそのまま結果に結びついてしまうのですから、相当な緊張感が伴い、またその分、やり終えた時には達成感が得られます。
世の中では、コンクリートから人へ、などと言われましたし、建築の分野でも、木材や樹脂などの軽い材料がもてはやされていて、コンクリートの影は少し薄くなっているようですが、性能と価格の両面を考えると、これ程優れた建築材料は、他になかなか無いのです。
また原料は国内で調達できますし、できあがった物がシックハウスの原因となる事も、まず有りません。
中性化と呼ばれる劣化や、汚れ易さ、断熱性能の低さなど、補うべき点はいろいろと有りますが、自分としては、今回の建物に限らず、まだまだこの材料と付き合って行きたい、と考えています。
posted by masaaki at 21:49| Comment(2) | 建築 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月07日

いまなぜ青山二郎なのか


いまなぜ青山二郎なのか

友人の1人に白州正子ファンがいて、別の友人に小林秀雄ファンがいる、と言う事で、白州正子の著作「いまなぜ青山二郎なのか」を読みました。
青山学院と言われた、青山二郎と文人達との付き合い、そして小林秀雄との高級漫才。
白州は敬愛する青山を、敬愛するが故に一定の距離を保ちながら、活き活きと描写しています。
自分には全く縁が無い世界だけれと、少し前の日本には、確かにこう言う場所が有ったのだな、としみじみ思いました。
そしてきっかけがきっかけだけに、青山と小林の交流が羨ましく、心に残りました。
その友情は、小林が青山から離れる形で一旦終わり、また和解を迎えるのですが、その和解が不十分だった事を残念がる部分では、それまで保たれていた距離が一気に縮まって、叙情的な調子で書かれています。
そこからはもう一つの友情、青山二郎と白州正子自身とのそれが、痛い程強く感じられました。
それは青山と小林の繋がり以上に、得難いものだったように思われます。
posted by masaaki at 12:31| Comment(2) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月01日

庭に咲いた花


庭に咲いた花

少し前、庭に有った鉢植えの若木をうっかり折ってしまったので、罪滅ぼしに添え木をし、毎日水をやっていました。
葉の形から楓か何かだろうと思っていたのですが、暫くして予想外に、大きな赤い花が咲きました。
周りの草木とは不釣り合いな程鮮やかな、南国風の花です。
残念ながらこうした知識に乏しくて、花の名前は解りません。
もしご存知の方がいらっしゃれば、教えて頂きたいと思います。
それにしても、花の写真を撮るのは難しくて、困ります。
後から見ると、撮った時に受けた印象とはどうもずれているような気がして、一番近いのはどれだろう、などと思いながら何度も見ている間に、今度は記憶の方が怪しくなって来ます。
でも考えてみれば、それは葉や幹についても言える事なのに、そうした物はもっと曖昧に見ていて、困らないだけなのかも知れません。

(追記)
posted by masaaki at 23:33| Comment(0) | 植物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする