2010年02月23日

concede

開催中のバンクーバーオリンピックの話題にはほとんどついて行けないのですが、カーリング女子には少し注目しています。
この競技だけは自分でもやってみたいと思いますし、テレビの実況と解説がとてもおもしろく感じられるのです。
19日の対イギリス線は、やっていた用事を中断して見てしまいました。
結末としては、終盤に日本が大量点を挙げた時点でイギリスが負けを認め、試合が終わったのですが、その事を解説者は”concede”(コンシード)と言う言葉で説明していました。
それは単なる試合放棄ではなくて、相手の技術を認め称える、と言う意味だそうです。
以前に別の試合でこうした終わり方を見た時には、ちょっと不思議に思ったのですが、今回はずっと見ていた事も有って、納得した気分になれました。
メダルの色や数に一喜一憂する気持ちとは全く別の、成熟した態度に出会えたように思ったのです。
しかし22日に行われた対スイス戦では、日本が”concede”をする完敗。
体力的にも精神的にも相当きつそうですが、残り試合もがんばって欲しいものです。
posted by masaaki at 22:27| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月20日

槇文彦展


槇文彦展ポスター

代官山のヒルサイドフォーラムで開かれている「槇文彦展」を見て来ました。
展示されていたのは全て海外の建物で、説明も英語。
しかし内容を見てみると、建築を構想する時にはどう言う点を気にしているかとか、それを良い状態で実現する為にはどのような努力をしているかとか言う事がしっかり示されていて、私が理解していた槇事務所のやり方は、あまり変わっていないのだと気付きました。
槇さんは、海外でも日本と同じようにやっているのですよ、と言いたかったのかも知れません。
もう一つ感心したのは、目指す建築はモダニズムの範疇に有る、と言う事がはっきり現われていると感じられた事。
例えば今大学の建築学科で人気が有るだろう妹島和世さんや隈研吾さんは、モダニズムで良いとは全く考えていなくて、それを超える新しい建築を追い求めているはずです。
そうした状況が一方で有る中で、モダニズムで良いと言うのは、かなり特別な事ではないかと思いました。
これは私にとっても重要な問題で、考えて行かなければならない事です。
展覧会は2月28日までで、以下のサイトに情報が有ります。
http://www.hillsideterrace.com/art/100121.html

posted by masaaki at 00:45| Comment(2) | 建築 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月13日

月の歌声


月の歌声カバー

ある人からもらったCDは、安藤裕子のベスト盤でした。
最近の音楽に疎い私にとっては、こうした機会が無ければ彼女の名前も知らないままだったでしょう。
それ以来結構気に入って、繰り返し聴いています。
特に詞の世界に惹かれる、と言う事が自分にとっては新鮮でした。
普段は自分が生まれた頃のジャズやボサノヴァを聴く事が多くて、ヴォーカルが有ったとしても詞の意味まではあまり気にしていなかったのです。
彼女は私より一回りも年下なのですが、同じ時代に同じような場所で暮らしている1人の女性がこんな風に感じたり考えたりしているのかと思うと、胸が切なくなるようでした。
そしてその詞を運ぶ曲はとてもバラエティに富んでいて、まるで普段見ている都市の風景、それも建物や道路ではなくて、その前を通り過ぎるたくさんの人達のようだと思いました。
気が付かなければそのままにしてしまいそうなのに、気が付けばその魅力に惹き込まれる、月のような音楽です。
posted by masaaki at 00:04| Comment(2) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月09日

room205


room205

先週のある日、先輩建築家であるTさん夫妻にお招き頂いて、ご自宅へお邪魔しました。
その前には友人達が手料理持参で訪ねて来てくれましたし、最近周りの人達からいろいろと気を遣って頂いています。
Tさん夫妻のご自宅”room205”(ルーム205)はマンションの1室をリフォームしたもので、先月の団地サイコー展でも紹介されていました。
実際にお訪ねしてみると、「居室と倉庫の中間、仕上げとむき出しの中間と言うインテリアを作りたくて」と説明されていた事が、良く実現できていると思いました。
お訪ねする前はもう少し硬質なインテリアを予想していたのですが、家具が有って人もたくさん居たせいか、ドライではあるけれど優しい場所になっていると感じました。
設えは素っ気無い位ドライにして、実際に使われた時に人と物との適度な距離感ができる事を期待する、と言う狙いが有ったとすれば、私自身がやりたい事と重なって来ます。
先輩後輩とはそう言うものかも知れません。
posted by masaaki at 00:19| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月01日

研ぐ


包丁を研ぐ叔父の手

数年前に父が亡くなってから、自宅で包丁を研ぐのは私の役目になっていたのですが、いつも満足にできなくて、どうしたものかと思い続けていました。
最近父の弟である叔父が来てくれる事が有ったので、その機会を捉えて教えてもらう事にしました。
切れなくなっていた菜切り包丁と父から引き継いだ砥石を渡して、お手本に研いでもらったところ、思いの他手早く、短い時間で切れるようにしてくれました。
どうやら私は刃を丸めてしまう事を恐れて、力の入れ方が足りないまま、時間ばかり掛けて研いでいたようです。
叔父に見ていてもらいながら自分で他の包丁を研いでみると、今までよりはずっと簡単にうまくできて、心のつかえが取れた気がしました。
それにしても叔父の手は、私から見ると随分逞しく感じられます。
最近亡くなってしまった母は以前私の手を見て、働いていない手だねえ、と感心したように言っていました。
posted by masaaki at 22:36| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする