2009年08月28日

B堂ビルディング


B堂ビルディング

建設会社の設計部に勤めるS先輩に声を掛けて頂いて、都内に完成したB堂ビルディングと言う建物を拝見しました。
地上11階建てで8階までが事務所、9階から上は住居と言う複合用途です。
しっかりした仕事をされているな、と言うのがまず感じた事でした。
計画、意匠ともにいろいろと挑戦をされているのですが、そのどれもが相当に検討や調整を重ねた上で実現していて、全体として説得力が有る良質な建物になっていると思いました。
組織の体制と蓄積が有るとは言え、多くの制約の中でここまでやり遂げるのは、簡単な事ではないでしょう。
こうした仕事と比べてしまうと、自分と近い世代の建築家が設計した風変わりな住宅のいくつかなどは、子供染みたものであるような気さえしたのでした。
自分としては、当然ながらこの建物には無いような良さを追い求めて行かなければならないのですが、そうした事を考える上でも良い経験をさせて頂いたと思います。
posted by masaaki at 22:02| Comment(0) | 建築 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月22日

アンダーグラウンド


アンダーグラウンド

少し前に村上春樹さんの新作「1Q84」が出版されて話題になりましたが、その頃私が読んだのは、彼が10年以上前に書いた「アンダーグラウンド」でした。
1995年に起きた地下鉄サリン事件で被害に遭われた方々の証言を集めたものです。
周回遅れ以上と言う感じですが、1月23日に取り上げた伊東乾さんの「さよなら、サイレント・ネイビー」を読んだ時から、この本も読まなければならないと思っていたのでした。
伊東さんはその本の中で、「アンダーグラウンド」は加害者をあちら、被害者をこちら、と言うように切り分けていると批判していました。
彼がそのように書く事は間違っていないと思いますが、私はこの本を、その厚さにふさわしい重みを感じながら、自分が生きている世界の話しとして真摯に読みました。
前に大江健三郎さんが「ヒロシマ・ノート」を書かなければならなかったように、村上さんもこの本を書かなければならない、と思ったのではないでしょうか。
続編の「約束された場所で」も是非読んでみたいと思っています。
posted by masaaki at 19:46| Comment(4) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月15日

盆に感じる影と父の事

今日の昼、街でサイレンが鳴るのを聞きました。
盆の中日が終戦記念日になっていると言う事は、その時まだ生まれていなかった私にとっては何だか不思議で、神話のように感じられます。
6年前に父が亡くなってからは、この時期に父を思い出しながら、同時に戦争の事も考えてしまうようになりました。
父はあの戦争の時、陸軍に召集されて中国へ行きました。
しかし体が弱く乙種合格であったために通信係となり、実際に兵器を扱う事は少なかったようです。
私はその事に感謝すると同時に、微かな気休めを感じてしまうのですが、それは気持ちの上で大きな影に覆われている事の裏返しでしかありません。
生前に父から聞いた戦争の話しはどれも断片的で、おぼろげなものでした。
もっときちんと聞いておけば良かったと思う一方で、怖くて聞けなかったのかも知れないと、最近になって思います。
posted by masaaki at 17:42| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月13日

吉原慎一郎氏を悼む

新聞によると、8月2日に建築家吉原慎一郎さんがお亡くなりになったそうです。
享年100歳との事。
謹んでお悔やみを申し上げます。
横浜の建築界では大変有名な方のはずですが、同世代の友人達に聞くと、残念ながらあまり良く知られていないようです。
作品としてまず思い浮かぶのは、1978年に竣工した横浜スタジアムでしょう。
斜めに切り取られた逆円錐形を使う事で、厳しい立地条件の中、内部の機能と外部の形態がうまく統合されています。
丹下健三さんが設計された代々木の体育館のような迫力は有りませんが、同じような性格の建物が次々とできても良いと思わせるような、健全な一般性が有ると思います。
晩年は建築を離れ、彫刻などに取り組まれていたようですが、結局一度もお会いできないままになってしまいました。
posted by masaaki at 20:07| Comment(0) | 建築 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月11日

毛沢東の書


白雲山の毛沢東の書

8月1日に書いた広州の白雲山には碑林公園と言う所が有って、そこに毛沢東の書を刻した碑が有りました。
彼は能書家として有名ですが、その書き振りは実に伸びやかで、また自信に満ちているように感じられます。
まず書の巨大な歴史に対して臆する所が無く、気持ちの上では王羲之や顔真卿に対しても引けを取らない、と言わんばかり。
また作品とか芸術とか言う枠にも囚われていなくて、あくまで彼自身の書き振りが貫かれています。
こうした点は本当に見事で、羨ましいとさえ感じてしまいます。
それからつくづく感心したのは、彼が草書を用いる事によって、このような書き振りを可能にしていると言う事。
楷書や隷書ではこうした表現はまず不可能でしょう。
私の狭い知識の中にはこうした書は他に無く、とても気になる存在です。
posted by masaaki at 20:32| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月05日

陳家祠


陳家祠の中庭

広州市の街中に有って、地下鉄の駅名にもなっている「陳家祠」(Chen jia ci)。
清代末期に陳氏一族の位牌堂として建てられたものだそうですが、元々集会所のように使われていたらしく、厳粛と言うよりは穏やかで整った場所だと感じました。
特に画像に載せた中庭の部分は、しばらくそこに居たいと思わるような、とても居心地の良い場所でした。
いくつか見える木にもそれぞれのいわくが有るようで、おそらくここに有る全ての物は、はっきりとした意思によってそこに置かれ、またそれぞれに意味が込められていたのでしょう。
英語で言えば”artificial”と言う言葉がふさわしい、完全に制御された空間です。
それでいて息苦しい感じは全く無く、守られているような安心感が有るのです。
最近は建築の仕事をしていても、自然とかエコとか言う言葉ばかりが耳に入ってくるのですが、ここでは少し違った世界に触れられたように思いました
posted by masaaki at 19:55| Comment(0) | 建築 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月01日

広州の緑


広州の北京路

今回の中国行きでは1日自由になる時間が有ったので、広州(Guangzhou)の街を巡るツアーに参加しました。
広州は北側に白雲山と言う小高い山が有って、南には珠江と言う大きな川が有り、旧市街はその間に納まっていて、城壁が部分的に残っています。
そうした骨格は私が訪れた中ではソウルの街に良く似ていて、最近は街が広がって中洲が文化的な中心の一つになっている点や、川の南側が新しい高級住宅地になっている点もそっくりです。
元をただせばおそらく風水の思想などが関係していて、近年急速に近代都市への道を辿ったと言う歴史も共通しているのでしょう。
それから街の表情として印象的だったのは、緑の勢いが強い事でした。
画像に載せたのは北京路(Beijing Lu)と言う繁華街ですが、奥に見えているような元気な街路樹があちらにもこちらにも有って、人や建物に負けていない様子です。
現地の人達にとっては見慣れた風景なのでしょうが、私から見るとちょっと近未来的で、不思議な居心地の良さを感じました。
posted by masaaki at 19:01| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする